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突然でした。
2009年12月15日 (火) | 編集 |
何からどう書こう。。。

私ごとですが
12月5日に父が(享年)80歳の生涯を終え永久の眠りにつきました
4日に日付が変わろうとする深夜にトイレで具合が悪くなり
救急車でかかりつけの病院へ 診断は『腸閉塞』でしたが
父は12年前より『脊椎小脳変性症(特定疾患)』と言う持病があり
すでに血圧は測れないほど低くショック状態を起こし脈も弱く
手術に耐えられる力もなく5日の朝に旅立ちました。

たとえ手術が出来たところで
嚥下症状のある父は気管切開での栄養とタンの吸引
導尿もしていましたので透析そして人工肛門と
口から肛門まですべて「管」で生きながらえるよりは・・・
と延命措置は考えませんでした。
(父も生きている時に気管切開はしないでくれと言ってました)

生きている間にはいろいろな事がありました
父の闘病生活は12年間にもおよび 正直 介護は大変でした
そしてこの12年間の私たちの生活は父が中心でした
今日は病院の日 今日はディサービスの日 今日は・・・etc
このディサービスに行っている間が母と一緒に外出できるわずかな時間でした
それでも そろそろ父が帰ってくる時間かなと気にしていなければいけません
食事も父が食べやすい物を選び
(父がお肉を食べにくくなってからは ディサービスに行っているお昼に
焼き肉をしたり 笑)
外食も父を連れては行けず さりとて置いても行けず。。。

母も介護疲れが出たのでしょう夏過ぎ頃から体調を崩すことが多くなり
ここ2・3ヶ月は病院通いをしてました
12年間 介護に大変なおもいをさせた母を気遣ってか
この先 もう大変なおもいをさせたくないと思ったのか
最期はなんともあっけなく静かに眠るように逝ってしまいました。

食事を詰まらせてはいけない とか肺炎を起こすと命取りになるから
インフルエンザには気をつけないと とか・・・etc
そんな事ばかりに気を回していた日々だったのに。。。
まさかこんな事で!と言うほどあっと言う間の出来事で
(きっと父 本人が一番「まさか」と思っているかもしれません)
今は・・・悲しいとか寂しい と言うより「気が抜けた」状態です。

最近では会う人ごとに「ラッキーが先か父が先か」なんて言っているほど
いつ何時なにがあってもと『覚悟』はしていましたが
それにしてもあまりにも突然でしたのでまだ父がいない事の実感が湧きません
うどんを茹でても「あ~そうだ もう細かく切る必要ないんだ」とか
夜中のトイレを手伝わなくてもいいのに目が覚めてしまったりと
まだ私たちのカラダからは父との生活が抜けきれません。

ラッキーと胡桃の様子ですが
ラッキーは父がいなくなった事を特に感じていないみたいですが
年寄りっ子だった胡桃はいつまでたってもディサービスから帰って来ないなぁ~とでも
思っているのか クルマが通る様子を眺めている時間が多くなったみたいです
ディサービスの日は朝のお迎えで職員の方々に頭をなぜられ「行ってくるね」
帰って来たときは「くぅちゃん ただいま」っていつも声を掛けられてましたから
そして今でも夕飯時になると父が寝ていたベッドへお迎えに行きます
(「もうジィジは居ないんだよ~」と言うのがセツナイです)

私は 
父が12年間お世話になった病院や12年間お世話になった介護施設へのお礼の挨拶
その他諸々の役所手続きと何かと家を出たり入ったりとして
まだ父を懐かしむ時間も余裕もありません。

時節柄 みなさまもお体を大切にお風邪をひかないようにご自愛ください。
最後まで読んでくださって 感謝です。
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